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12月の旅は年末休みを使った旅が多くなるのは仕方がないもので、慌ただしい師走の平日を乗り越えたからこそ、年末の旅が充実したものになるのだろう。それでも、いや忙しいからこそ無理にでも旅をしたくなる時もある。 青春18きっぷを握って私は山形県に来ていた。夜は新潟県の村上から新宿行き夜行快速に乗る予定で、鈍行を乗り継いでやってきたのだ。 松尾芭蕉が「奥の細道」で辿った最上(もがみ)川に沿って走るローカル線陸羽西(りくうさい)線の列車を降りた私は、「ひまわりの町」という看板が掲げられた余目(あまるめ)駅前に降り立った。日はだいぶ沈み、空はもうすぐ冬の夜空になっていく。日本海の方から吹きつける風が冷たい駅前通りには歩く人も少ない。もとより駅前通りと呼べるほど商店もなく、民家が建ち並ぶ駅前である。 寒さで散歩を切り上げてきた私は新潟県に向かって鈍行で移動を始めた。窓外はすっかり紺色の闇だ。このあたりは庄内平野であり田んぼが多いから、灯りも少ない。 車内も空いている。僅かながらの高校生達を乗せて鈍行は走る。その高校生達は新潟県との県境にほど近い「あつみ温泉」という駅で皆降りた。 瓦屋根を載せた小さな平屋の駅舎に似つかわしく、小さな駅前ロータリーから、やや小振りな車体のバスに乗り温泉街を目指す。私の他に数名の女子高生が乗っていたが、暗闇を10分ほど走り温泉街に入ると次々と降り、私も温泉街のはずれで下車をする事にした。ここから温泉街の入口まで散歩をしながら良さげな所に入るつもりである。 下車の際に運賃を払わなくてはいけない訳だが、財布を見ると小銭がない。恐縮しながら一万円札を出したが、ローカルバスだからお釣りの札がギリギリであった。これは私が悪いのでお詫びをしながらバスを降りる。 温泉街はポツポツと旅館が建ち並んではいるものの、いわゆる観光ホテルが威風堂々と構えているような温泉街ではなく、冬の夜の散歩に合う情緒を感じる。木枯らしが似合う町並みと言っては失礼ではあるけれど、一言で言うならばそのような静かな町なのである。 温泉街と言っても住宅地みたいな所でもあるので、片側一車線の細い通りには旅館だけでなく生活感漂う商店も並ぶ。私は一軒の雑貨屋で買い物をしがてら共同浴場の場所を尋ねた。共同浴場はすぐそばの横道にあった。 木製の引戸を開けると番台はなく、代わりに料金箱が置いてあった。そこに円を入れて入場する。 浴室は広くなく、十人も来たら窮屈になりそうな広さだが、ほどよく熱い湯が寒い風に晒されてきた身に染み渡る。基本的には地元の人向けの共同浴場で観光客は想定していないから内装はくたびれているが、そのくらいのひなびた建物の方が小さな温泉街にふさわしく、そんな構えが身だけではなく心まで温かくしていくようにも思えた。 温泉から上がってから先ほどの共同浴場の場所を教えてくれた店に挨拶をしに行った。店のおばさんの話では、以前は入浴料は一律無料だったが維持費が大変なため、地元の人以外からはお金をとるようにしたそうだ。地元の人向けな小柄な温泉なのだからそれで良い。私のような旅の者はまさに「お客さん」なのだから。 バスを待つ間、もう少し温泉街をあるいてみた。歩いている人は少なく、道を照らす街灯もやや暗いが、不思議と寂しさは漂わない。木枯らしよりも粉雪が似合いそうな町だと思い直していた。ちなみに「あつみ温泉」の「あつみ」は「温海」と書く。観光客が読みやすいように駅名は平仮名にしたのだそうだ。
by seasonz-t
| 2011-12-13 23:00
| 東北
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